Sasa

都市伝説 水害の記憶
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    昨年は、金沢市の浅野川が氾濫して大きな水害が発生しました。
    最近ではこの時期、毎年のように、市役所の広報車が走り回り、
    避難勧告等が出されるようにもなりました。
    先日も、大雨が降っていたので心配になります。

    今から11年前、私の家も浸水被害に遭いました。
    台風の接近で、どしゃ降りの中、風も吹き始めていたのですが、
    下の娘を保育所に迎えに行ってから、又仕事に出かけていると、
    突然、携帯に小学生の娘から電話が・・・
    「もしもし、お父さん、お家の玄関からお水が入って来た!」
    「はっ?・・・・」
    「電気も消えて、真っ暗になった!」
    「えっ?・・・・」

    出先だったのですが、慌てて家に帰るために外に出ると、
    思ったより風が強くなっていて、何処かの看板が落ちてきていた。
    車を運転して家の近くまで来ると、橋を渡らなければいけないのに、
    消防車が何台も止まり、決壊の恐れがあるので渡らせないと言う。
    すぐ目の前に家が見えるので、渡らせてくれと言っても、
    ここは、我々が封鎖した。と言う。
    しかたが無いので、もう一つ上流の橋へ行ったが、
    そこにも、消防車が止まり、追い返されたので、
    さらに、上流の橋へ行くと、そこは比較的大きなアーチ橋で、
    何とか渡れたのですが、交差点では冠水が凄く、
    車をその近くの公園に置いて、徒歩で自宅へ向かいました。

    雨も少し小降りになり、風も弱まり出していたけれど、
    家が近づくにつれ、水かさは増し、
    膝上まで水に浸かりながら、ようやく家にたどり着くと、
    家の前には、誰かが放置していった軽自動車が浮かんでいた。
    真っ暗な家は玄関が開きっ放しになっていて、入って見ると、
    2階へ上がる階段の途中に、ばあさんと子ども二人が、
    懐中電灯を持って、肩を寄せ合いながら座っていた。
    無事を確かめると、「少し、水が引いていった。」と言う。
    壁に水位がここまであったという後が残っていたので、
    確かに、引き始めているのだろう。

    そうと分かれば、さっそくいつも渓流釣りに愛用している
    チェスト・ウエダー(胴長靴)と、これまた愛用の釣りベストに着替え、
    懐中電灯を持って、近所を視察しに出かけた。
    つい最近まで、私もやっていた共同の家庭菜園は完全に水没し、
    用水と道路との境も、区別のつかない状態だった。
    眺めていると、向こうから、懐中電灯を持った人が歩いて来た。
    見ると、私と同じような格好をしている。
    何回か一緒に釣りに行ったことのある近所のおじさんで、
    (この格好をすると、何故か水に入りたくなるのです。)
    家にあるゴム・ボートを出そうかとか
    (お互いチョット、ワクワクしながら)喋っているうちに、
    辺りの電気が点き始め、水かさが急に落ちてきた。
    粘土質の土石流とは違い、
    雨水が中心だったため水の引くのも早かったようです。
    決壊の心配も無くなったようなので、
    近所の人達が集まりはじめ、被害状況を喋り出した。
    半分放し飼いで、よく人を襲うと評判の近所の飼い犬は、
    犬小屋が水没したので、小さな物置の屋根に避難したまま、
    水が引いたので下りられなくなっていると、
    被害にあったことのある、じいちゃんがうれしそうに話していた。

    家に戻ると、浮いていた車が着地しており、
    照明の戻った玄関では、水に洗われたせいか、
    変に、コザッパリとしていた。すると娘が
    「玄関の靴、お父さんのも全部、プカプカと流れて出ていった。」と言う。
    「ひぇ〜〜え!」
    なるほど、それで妙にサッパリとしていたのね。・・・納得!

    翌朝は台風一過で晴天に恵まれ、休日だったのが幸いでした。
    朝早くに、役所から大量の石灰が届き、
    町会役員だったため、浸水した家を一軒づつ消毒して回りました。
    小さなコンプレッサーを持っている人がいたので、
    それを借りて床下からの吹きつけです。
    畳をあげて、床板をまくったり、
    濡れた家財道具を外に出して並べたりと、
    昔の町内一斉大掃除はこんな感じでしたね。

    町会に臨時の「水害ゴミ出し場」も設置され、
    ようやく、自分の家の後片づけにも取りかかり、
    水に浸かったタタミや使えなくなったものを、
    捨てに行ったのは、夕方になってからでした。

    追伸、
    軽自動車は、夜中にレッカー車が引き取りに来ました。
    家の奥さんは、真夜中に何事もなかった如く帰って来て驚いていました。

    近年ゲリラ豪雨が多発し、金沢市洪水避難地図によると、
    我が家は一階の軒下まで水に浸かり、我が町会はすべて水没するとのこと。
    町会でも、ゴム・ボートの1隻や2隻は、常備する時代と言えるでしょう。
    「ウォーター・ワールド」の世界です。


    | 都市伝説 | 17:14 | comments(4) | trackbacks(0) |
    都市伝説 フォーク・モグラ
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      金沢の中心、真ん中に中央公園という芝生広場があります。
      今では、土が剥き出しの、荒れ果てて、通り過ぎるだけの場所です。

      小学校、中学校、高校と放送部に在籍していて、
      小学校では、自分でシナリオを書いて番組を作り、放送していたのが
      中学校では、大好きな顧問の理科の先生にラジオ作りを教わり、熱中しました。
      「5球スーパー」という、真空管ラジオです。
      放送部の良いところは、学校で平然と音楽が聴けるとこです。
      小学校の「NHKみんなの歌」から中学では急に洋楽が中心になりました。
      市内にある、コロンビア、ポリドール、東芝EMI等の営業所を、中学生が訪れて
      学校放送用(DJ用)のレコードを貸してもらっていました。(貸してくれたのだ!)
      その月に発売予定の新曲ばかり集めた洋楽の販促用のLPがあって、
      他の誰よりも早く聴くことができたんだよ。
      営業所の人達は、中学生でもちゃんと時間をとってくれて、熱心でステキだった。

      そんなある日、誘われて(現、歯医者のSasakiに)学校の近くの中央公園に行くと、
      そのよく知っている洋楽をギターと拡声器で日本語の替え歌にして歌っている人達がいた。
      当時、新宿駅の西口に出没し、世間を驚かせた「フォーク・ゲリラ」の金沢版で
      「フォーク・モグラ」というバンドでした。
      「友よ」「インター」「孤独の世界」の替え歌等、ガリ版の歌詞カードを配り、
      皆で歌っていました。新宿西口も、中央公園も広場がたくさんあった時代のことです。

      洋楽、フォークソングが好きになり、ギターが欲しかった年頃の原音楽生体験です。

      大人になり、子育てもやや一服で、片町の飲み屋(風子)で、その原体験の話をしていたら、
      隣の人が、「それは、俺だ!」という、「俺は、フォーク・モグラだった。」という。

      この年になって、押入れからギターを引っ張り出し、パパママバンドしようか?と言っている時にその張本人の原人が横にいた。
      何とも不思議、一気に音楽の原体験と再出発がつながってしまった・・・。

      aokaiさん、過去の封印はしないでね。
      私は、呼ん(4)でも、5でも、ろくでもないことが大好きな人間です。
      「探し物」捜査結果の一部を、もし出来たなら、
      あの時と同じに、少しでも共有させて下さい。

      でもあんな公園が、昔、たくさんの人を集め、フォークで盛り上がっていたなんて、
      ほとんどの人は知らないだろうな。金沢の都市伝説の一つです。
      今は、路上ライブが全盛ですね。若い人っていいな。

      | 都市伝説 | 18:32 | comments(2) | trackbacks(0) |
      都市伝説 スターレーンの亀
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        今から40年ほど前、ボウリングが大流行しました。
        デパート・映画館・ヘルスセンター以外の、初の娯楽施設みたいなもので、
        金沢でも、南町近くの今の文教会館の場所に、
        ボウリングセンター「金沢スターレーン」が誕生しました。
        屋上に、大きなボウリングのピンが立ち、
        入口に星のマークと噴水付の大きな人工池があったと思う。
        又、これとほぼ同時期に「金沢スタジアム」といって、
        今の玉川公園の隣に、大きなドームテントのアイス・スケート場も出来た。
        (夏はテントを取り払い、スケート・リンクがプールになっていた。)
        どちらも、家から徒歩5〜10分の場所なので、興味深々で見に行ってました。
        もちろん、何回かは親に連れて行ってもらい、ゲームもさせてもらった。

        ボウリングはその後、中山律子さん、須田開代子さんが活躍し、人気絶頂を向え、
        並木恵美子さんが「金沢スターレーン」でのクイーンズカップで優勝したりもしたが、
        高度経済成長に乗ってのブームであり、オイルショックとともに急激に廃れて行った。
        「スターレーン」は、ピークを過ぎても
        スロットレーシングカーのサーキット場を併設し奮戦したが、
        結局「金沢スターレーン」「金沢スタジアム」とも消滅してしまった。

        さて、本題。出来て少したった頃の「金沢スターレーン」の人工池に、
        ある日突然、大きな亀が住み着いた!
        生き物が何一ついない、人工のプール池に、こつ然と現れた石亀。
        40cm近くもあったかと思う。
        ゆう然と広いプールを泳ぎ回り、どこから来たのか?どうやって来たのか?
        しばらくの間住み着いたが、今度は、金魚までもが数匹泳ぎ始めた。
        この「スターレーンの亀」は、結構有名なアイドルであったが、
        何ヶ月か後に、突如、姿を消した。
        ガメラのように空を飛ぶわけもなく、店の人間にも事情が分からない。
        ある日突然来て、ある日突然いなくなった亀。
        金沢の都市伝説の一つです。
        残された金魚は、広いプールの隅っこを、淋しげに泳いでいました。

        今でも、何処かで生きているのだろうか?(どこで?)
        相当大きかったから、あの時点で9,960才以上でなければ
        まだ、元気で生きているのだろうと思っている、今日この頃です。
        懐かしい!

        | 都市伝説 | 19:11 | comments(10) | trackbacks(0) |
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